山本文緒さんの小説が大好きで、ほとんどの作品を読んできました。
一番好きなのは吉川英治文学新人賞を受賞した『恋愛中毒』で、もう何度も読み返し、そのたびに感動して泣いてしまいました。
ですが、恥ずかしながら、この『無人島のふたり―120日以上生きなくちゃ日記―』が出版されるまで、彼女の逝去を知りませんでした。
だいたい数年に一冊くらいの頻度で新刊が出てたので、そろそろ新刊が出るのかな……と呑気にしていたのですが、まさかお亡くなりになっていたとは……。
長年楽しませていただいたファンとしては、是非とも読まねばと、遺作となった『無人島のふたり』を購入しました。
ですが、読み進めるには少し勇気がいりました。
山本文緒さんといえば、読みやすい文章で、あっという間に物語の世界に引き込み、登場人物たちに感情移入させる、稀代の名手です。
この『無人島のふたり』は、すい臓がんで余命を宣告された山本さん自身の残された日々を綴った日記なので、読み手は、すい臓がんで死と向き合う作者の気持ちと寄り添うことになります。
だから、きっと読むのは辛いのだろうな、と思ったのです。
が、読み進めてみると、その心配は杞憂に終わりました。
この本は、死へ向かう日々の中で、今日を生きることへの楽しさや感謝、旦那さんや周りの人への配慮や思いに溢れ、とにかく、優しさとユーモアで綴られた、とても温かな内容でした。
不謹慎ながら、クスリと笑ってしまうシーンも多々あり……。
山本文緒さん自身が、とても優しいお人柄なのが本当によく伝わり、読んでいるこちらも優しい気持ちになれるものでした。
もちろん闘病記なので、辛いことも書いてあるけど、そういう場面はあえてこの日記には残されていないような気がしました。
この日記は存命中に出版が決まっていたようで、だからこそ、読む人たちが辛い気持ちにならないよう、あえて闘病の辛い部分を残していなかったように思えるのです。
たとえば抗がん剤の話は「けちょんけちょんにやられた」と書いてあるだけで、詳しくは触れていません。
また、毎日綴られている日記のところどころに、空白の数日間があります。
この書かれていない行間の部分に、私は作者の苦しんだ日々があったような気がするのです。
そして、それを読ませることで、読者に辛い思いをさせないようにと配慮された、山本文緒さんならではの深い深い優しさが感じられるのです。
そう思ってこの本を読み進めると、優しさとせつなさで、胸が締め付けられる気持ちになりました。
あと、すごく失礼な言い方かもしれないのですが、「ああ、こうやって人は死に向かっていくのだな」「死ぬ前はこんな気持ちになるのかな」と、情報として知ることができました。
日常ではなかなかこういった想いに触れることができないので、それを知ることができたのはありがたかったです。
人は、みんないつか死にます。
ほとんどの人が、ある日余命を宣告され、「死と向き合う日々」を送ることになります。
自分にそんな日が来たとき、この本で多少の情報を得ることができたことで、うろたえず、死を迎える覚悟が、少しはできた気がしました。
そして、ラストの『王子』の文字には泣けました。
山本文緒さんは以前出版された『再婚生活』という日記本の中で、旦那様のことを『王子』と書いていたんです。
でも、この本ではずっと『夫』だったんですよね。
だけど最後の最後にだけ『王子』と書かれていてーー。
この文章を書いたときにどんな容態だったのか、判りかねますが、かなり意識が朦朧とした中で書いたのかもしれません。
そんな中で出た『王子』は、最後の最後まで、旦那様を愛し続けた想いからだったような気がします。
58歳没は若すぎるし、年齢だけで見ると気の毒な気がしますが、
愛する人と最後の瞬間までを過ごし、素晴らしい作品を数々残して、
山本文緒さんの人生はとても充実していたものだと思えました。
装丁も素敵でかわいらしくて、本当に素晴らしい本です。
私が死ぬ瞬間まで、そばに置いておきたい本だと思いました。
山本文緒さん、素晴らしい小説をたくさん書いてくださりありがとうございました。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
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